期待をかけられたが・・・
期待をかけられたが、愛情がかけられなかった人は、結構いると
思います。
貴方はどうですか?
もっと食べて栄養をとって、
もっと元気になって、
もっと勉強して、
もっとがんばって、
もっと健康になって、
もっと仕事をして、
もっと・・・ もっと・・・・ もっと・・・・・
そして、もっと他人に受け入れてもらう。
もっと、もっと、と言う焦りの中心にあるのは”不安”です。 |
他人に受け入れて
もらえないと言う
不安がいつもあっ
て、その不安から
攻め立てられて
いるのです。 |
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もっと、もっと、と焦るから、結局は何をやっても能率が上がらない
もっとぐっすり眠ろうとすれば、かえって眠れない。焦れば焦るほど
逆効果である。
親のもっともっとの期待は内面化されて規範となる。
もっとが自分の欲求であればまだ救われますが、
規範の場合は最悪ですね。
もっと、のあとに「ねばならない」が続くようになります。
もっと食べて栄養をつけねばならない、
もっと元気にならねばならない、
もっと勉強をしなければならない、
もっと仕事をしなければならない。
「もっと・・・ねばならない」には限界がないですね。
もっと賢くなれ、 もっと丈夫になれ、 もっと良い子になれ、
もっとたくましくなれ、となり、そして、
もっと楽しまなければならない、
もっと余裕を持たねばならない。となります。
多くの場合は親の期待が原因となっている場合が多いようです。
しかもその期待は「幸せになってくれ」と言う期待ではありません。
競争心の強い期待である事が殆どです。
息子が幸せになってほしいのではなく、
親の都合にいいようになってくれと言う期待です。
息子が自分の社会的体面を保ってくれ、あるいは向上させてくれ、
と言う期待です。
但し、当の本人は子供の幸せのためのつもりであるのですが、
実は・・・・・
自分の欲求を投射しているのに過ぎないことに気がついていない
のですね。 |
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母親の押し付け、父親の押し付け。
母親は自らの「母親らしさ」を満足させるために子供の言動に
期待をかけます。
子供は母親なしでは生きていけないような言動をすることを期待さ
れ、それが母親の母親らしさへの欲求を満足させるのです。
父親が立派な父親であるとのイメージを持てるように、子供は
行動するように期待され、子供はいかにも自分に頼っているとの
態度を示さねばなりません。いかにも弱そうな態度を示して・・・
「あいつはまだ俺がいなければダメだ」等と、得意にさせてやらね
ばならないのです。
親が子供をお守りしているのではなく、子祖もが親をお守りして
いるのですね。
一方的な愛情を押し付けてくる人は、その人にあわさないと不機嫌
になったり、怒ったりします。
このような環境で育った人は(一方的な愛情を押し付けられて育っ
た人は、)一方的な愛情を押し付けない人に対しても迎合し、
相手に合わせようとするようになります。
貴方はこのような押し付けはしていませんか?
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